エウアンゲリオン

新約聖書研究に加え、新たにショート・メッセージで、よい知らせを届けたいと願っています。

2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

信仰の段階

ヨハネ20:1-10 この場面には3人の人物が登場します。マグダラのマリアが、まずイエスの墓へ向かいます。主イエスを愛し慕う気持ちが、会いに行きます。しかし主はいません。墓の蓋の石が取り除けてあることそのものに驚嘆していた、他の福音書とは異なりま…

罪の闇の中での叫び

マルコ15:33-41 イエスが十字架に架けられた時刻は、明確には分かりません。ただ、昼の12時よりは前であったと思われます。12時になり、全地が暗くなりました。そのまま3時にまでなったといいます。ということは、イエスの苦痛が、少なくとも3時間以上続い…

ピラトの心理

マルコ15:1-5 ペトロが泣き崩れたのは、「夜のいつごろだったのでしょうか。場面は直ちに夜明けだと告げられます。イエスに睡眠は与えられたのでしょうか。祭司長たちは眠ったのでしょうか。イエスに不利な証言を集めようと努めていたけれども、偽証はうまく…

ラザロの許へ行く光の道

ヨハネ11:1-16 ヨハネ伝特有の記事ですが、ラザロの死は、11章全体で取り上げられており、一つの大きな記事であるように思われます。きっと、その復活こそが大きいのではなくて、当局のイエスへの姿勢が凶暴化する契機としての意味が、強かったのでしょう。…

逮捕場面のそれぞれ

マルコ14:43-50 「イエスがまだ話しておられるうちに」、ユダが群衆と共に現れました。イエスが「まだ眠っているのか」と、3人の弟子たちに対して言っていた、そのときです。イエスはまだ、語り終えていなかったのでしょう。すると、マルコが記している「身…

イエスの声

マルコ14:32-42 ゲッセマネで、イエスは祈るつもりでした。弟子たちの多くを、その場から離しておきます。ユダと通じた当局が来ることが、イエスには分かっていたと思われます。すると、弟子たちをなるべく危険から引き離そうとしたのでしょう。但し、事態の…

イエスと共にある自由

マルコ11:1-11 子どもたちにとって、このエピソードは愉快なものであるように見えます。イエスさまに選ばれたのは、子どものろばだったのですから、これはなんとも鼻が高いものでしょう。「ホサナ」と人々の歓声を受けて、イエスと共にエルサレムに入城しま…

神の霊がもたらす救いに与る

コリント二3:4-11 パウロは手紙を書いています。それは神が書いたとも見られます。神は手紙をどう書くのでしょうか。神は例によって、人の心にそれを書くのだ、とパウロは考えているようです。パウロが何かよいことを書いたとしても、それはこの神のなした業…

人の姿を新しく照らす預言者

エレミヤ31:31-34 「その日が来る」、きっと来る。預言するエレミヤの中で、それはどういう位置を占めていたことでしょうか。これは信ずべきことなのだ、などという意識ではなかったことでしょう。信じざるを得ないこと、というわけでもないような気がします…

自身が呼ばれ変えられたから

エゼキエル11:14-21 エゼキエルは幻のうちに、エルサレムの神殿を見ます。否、神殿へ連れて行かれます。幽体離脱のように、いまエルサレムを見ています。そして主から教えられることは、ここにイスラエルの民が集められるというストーリーでした。この物語は…

神と人とをつなぐ

ミカ7:18-20 神の審きを告げ、終わりの日の到来を預言するミカですが、その眼差しは「救い」に向けられています。「わが救いの神を待つ」(7:7)というのが、ミカの信仰姿勢です。敵の口撃にも耐え、信仰の幻のうちにその敵の壊滅を見ています。エルサレムは復…

熱意ある詩人

詩編134:1-3 エルサレムの神殿へ詣でるということは、信仰篤い人々にとり、大きな喜びであったことでしょう。一年に一度の楽しみであったかもしれません。中には一生に一度という人がいたことも予想できます。日本にも、伊勢参りというものがありましたし、…

なおも神をほめたたえる

詩編42:2-12 「私の魂よなぜ打ち沈むのか、なぜ呻くのか。神を待ち望め。私はなお、神をほめたたえる「御顔こそ、わが救い」と。わが神よ。」これが繰り返されました。そればかりか、43編にもこれが現れ、結ばれます。元はつながっていたと解する研究者が多…

パウロの弁護から信仰へ

ペトロ二3:13-18 神の日、それは世の終わり。それを私たちは待ち望んでいます。新しい天と地が、ここに降りてくるのです。私たちはそのときを、平和に迎えましょう。平和とは、信が揺らいでいない、ということです。不道徳に陥らず、足場を固めている、とい…

「もっと」の方向性

ルカ12:13-21 イエスに対して、遺産問題を持ちかけてくるなど、見当違いも甚だしい。私たちの目から見て、阿呆らしいことこの上ないものですが、当時その場で発されたことについては、さほどケチをつける理由はないのではないかと思います。むしろ、これだけ…

イスラエルの民の神となる

申命記4:32-40 イスラエルよ、聞け。モーセの口を通して、改めてイスラエルの本筋となるべきことが告げられます。大いなる種が目を留めた国民もまた、大いなる国民となるのです。しかしそのためには、イスラエルは、主にこそ信を置かねばなりません。偶像は…