2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧
エフェソ6:1-4 「これは第一の戒め」だといいます。十戒によれば、「あなたには、私をおいてほかに神々があってはならない」というものでした。けれども、「子どもたち」にいま呼びかけているとき、そもそも主をのみ神とすることは、大前提となっています。…
詩編103;1-15 自分自身に向かって、詩人は呼びかけます。「主をたたえよ」「聖なる名をたたえよ」と魂へ命ずるのです。己れを客観視するかのような言い方ですが、これはレトリックでしょう。要するに、自分の信仰告白の仕方なのです。このとき「そのすべての…
箴言3:1-12 1:8,2:1そして3:1と、「子よ」で始まる父の諭しが並びます。この後3:21,4:1,5:1,6:1,6:20,7:1まで同様に続きます。父から子への教育というものは、家庭におけるのみならず、イスラエル共同体にとっても大きな意味をもつものでありました。「子よ…
創世記9:8-15 大洪水が過ぎました。ノアの家族8人は助かりました。箱舟から出よ、と神は言います。生き物たちは値に群がり、増えるように、と命じました。ノアが増やすわけではないのです。ノアはそれを促し、備えよ、という程度なのでしょう。ノアは命じら…
コヘレト3:1-11 「天の下では、すべてに時機があ」ると始まり、「だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない」でここは結ばれます。これらに挟まれる形で、有名な美しいフレーズが並びます。コレへトと称する者が論ずる、人間の知恵…
ユダ17-21 「終わりの時」のことを警告します。それは「イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉」であるといいます。使徒たちという立場の者たちの、権威が確立していたことが分かります。イエスの言葉が最も尊いことは、誰にでも想像できます。け…
ヨハネ6:66-69 「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得、私はその人を終わりの日に復活させる」(6:54)などというイエスの言葉を聞いて、それまでイエスの教えに耳を傾けていた人々は、とても聞いていられない、と呆れました。これが教義となり、そ…
箴言4:6-8 「知恵を得よ、分別を得よ」(5)が、すべてを物語っています。父が子に諭しているという形式ですが、この要点をベースに、言葉がアレンジされています。今回注目するのは、そのうちの3節分です。それらの頭の部分を並べると、知恵を捨てるな・得よ…
ヨブ9:1-12 神を忘れる者、神を敬わない者であってはならない。完全な者であれ。シュア人ビルダドが言ったことに対して、ヨブが反論します。人は神に対して正しくあることはできない。神と争うことなどできないだろう。神の知恵に刃向かうつもりは自分にはな…
箴言1:24-33 知恵が巷で喜び歌う。広場で声を挙げます。この声の呼びかけは、ここでは懲らしめでした。それを拒む者たちへの叱責の言葉を、今日は聞きます。呼びかけても、あなたがたは拒みます。「あなたがた」と訳してありますが、「おまえたち」の方が内…
箴言1:1-7 聖書の言葉を神からの言葉とするなら、それを無条件に正しいと受け容れるものでしょう。しかし、旧約聖書には、そもそもそのような問いを疑問のように投げかけることが、あるはずがありません。神の存在を問うような発想そのものがありえないので…
箴言2:1-9 「神の知識を見いだすだろう」という結論がここにあります。尋ね、そして探すなら、という条件によってであるように見えます。箴言は、繰り返すような表現の中で、同じ「知恵」を様々に言い換えて持ち出します。詩編119編の例にあるように、神の戒…
列王記上3:3-15 ソロモン王は、ダビデの掟に従って歩んでいましたが、「高き所でいけにえを献げ、香をたいていた」といいます。「高き所」について、聖書は激しく弾劾はしていないものの、良い評価を下してはいません。主の神殿へのベストな接し方には至らな…
詩編145:9-16 ダビデの作とされる詩編はたくさんあります。中には、ダビデの名を冠しているだけで、作者は別だ、ということもあるようです。この詩はどうでしょう。確かなことは、アルファベット順に最初の文字を置いて歌うという、技巧的な詩であるというこ…
ヨシュア1:1-9 モーセとて人間です。出エジプトの役割を果たすと、主はヨシュアを選び、イスラエルの次の段階を任せることにしました。ヨシュアの次は、それほどの力をもったリーダーが統率できなかったようですから、ヨシュアはカナンの地に定着するための…